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108:「ゆっくり茶番劇」騒動にみるコンテンツ業界における商標登録の重要性

このところ、「ゆっくり茶番劇」というネーミングに関して話題が巻き起こっているようです。報道の一例としては、以下のようなものがあります。

人気動画ジャンル「ゆっくり茶番劇」を第三者が商標登録し年10万円のライセンス契約を求める ZUNさん「法律に詳しい方に確認します」>(最終アクセス:2022年5月16日)

なお本記事は、両当事者のいずれとも利害関係を有していない第三者的視点から、一般論として法的事項について検討を行うものであることを予めお断りしておきます。

さて、この「ゆっくり茶番劇」ですが、商標関係の手続上の事実関係は以下の通りです。

  • 2021年9月13日 商標登録願
  • 2022年2月21日 登録査定
  • 2022年2月21日 登録料納付
  • 2022年2月24日 設定登録

特許庁の記録を確認すると、この商標の登録を認めるかの審査では、特に拒絶理由通知が発せられることもなく、するっと登録になっています。

そして、2022年5月15日付のTwitterとYouTubeにて、商標権者を名乗る方が、ライセンス契約の手順や条件を公開したことをきっかけに話題となっていて、その動画は65万回再生を数えているという状況のようです。

ライセンスの金額が年間10万円ということですが、これが高いのか安いのかはさておき、一般的に、自らが取得した商標権に基づいて第三者にライセンス(=使用許諾)を行う場合に、その手順や条件を公開することだけでこれほど盛り上がることはありません。

本件は、上記の記事にあるように『ゆっくり茶番劇は、同人サークルである上海アリス幻樂団が展開する「東方Project」の二次創作』であるとのことで、すでに世の中に存在していた言葉(ネーミング)のようです。

では、すでに世の中に存在していた言葉(ネーミング)であれば、それは誰も商標登録を受けることができないのかというと、そういうことはありません。先に使用していた人が優先するのではなく、先に登録していた人が優先するというルールだからです(商標の先使用についての記事は<こちら>からどうぞ)。なので、同一・類似の先行商標がなく、他の拒絶理由も見つからなければ、特許庁としては登録を認めることになります。

しかしもし、ある言葉(ネーミング)について、商標登録出願をした時点で、それが他人の具体的な商品やサービスを表すものとして有名になっていれば、そうした言葉(ネーミング)を紛らわしい商品・サービスとの関係で商標登録を認めるのは不適切です。こうしたことに備え、商標法では、以下の条文を用意しており、未登録周知商標の保護を図っています。

第四条 次に掲げる商標については、前条の規定にかかわらず、商標登録を受けることができない。
(中略)
十 他人の業務に係る商品若しくは役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標又はこれに類似する商標であつて、その商品若しくは役務又はこれらに類似する商品若しくは役務について使用をするもの

商標法第4条第1項第10号

また、不正目的を持って未登録周知商標と同一または類似の商標を使おうとするようなものも、登録を受けることができないことになっています。

第四条 次に掲げる商標については、前条の規定にかかわらず、商標登録を受けることができない。
(中略)
十九 他人の業務に係る商品又は役務を表示するものとして日本国内又は外国における需要者の間に広く認識されている商標と同一又は類似の商標であつて、不正の目的(不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正の目的をいう。以下同じ。)をもつて使用をするもの(前各号に掲げるものを除く。)

商標法第4条第1項第19号

今回の騒動は、ある同人サークルで用いられていた言葉(ネーミング)が、どうやら無関係の第三者に商標登録を取得されてしまったらしいというのが、現段階で見てとれることになります。そして、その商標登録の有効性を争うのであれば、異議申立や無効審判という法的手段をとって、たとえば上記の条文の該当性を主張していくということにならざるを得ません。

もし本件で上記の条文に該当するような事実関係が存在しており、特許庁が見落としただけだということであれば、商標登録の無効に向けて対応を進めるということになるでしょう(なお異議申立は誰でも請求できますが登録公報発行の日から2ヶ月以内の提起が必要。無効審判を提起するには利害関係が必要。)。しかし商標権者としては、登録が無効にされる理由はないのだと争うことでしょう。

現段階では、どちらの当事者の主張に分があるのかは申し上げ難いですが、争点としては、当該同人サークルの「ゆっくり茶番劇」がどの程度有名であったのかという点、有名であったとして具体的な商品・サービスとの関係で有名であったのかという点、及び、商標権者に不正の目的があったのかという点、並びに、これらを証する証拠書類が集められるかという点、の大きく4つに集約されてくるのではないかと思われます(自分で使う気があったのかという点については、実務上「使用意思」さえあればよく、内心の問題なので、この点で争っていくのはかなり難航するのではないかと思われます)。

なお、こうしたトラブルが起きるとよく聞くのが、「ある商標を先に使っている人が他にいるのに登録を認める制度がおかしい」というお話ですが、「日本のどこかに先に商標を使っている人がいれば、それと同一・類似の商標の登録を認めない」という制度にすると、世の中大変なことになります。特に、個人や中小企業の方にとって、かなり不利益になると予想されます。この辺りをまとめた記事は<こちら>ですので、宜しければご覧ください。

もし皆さまのまわりで、他の商品やサービスと区別するために使われている言葉(ネーミング)があった場合には、トラブルに巻き込まれないようにするためには一早い商標登録出願が極めて重要になります。それは、ある時突然、爆発的にヒットすることがあるコンテンツ業界ならなおさら、ネーミングやキャラクターなど、早めに法的に守っておくべきところはあると言えます。


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