わかって納得の知財ブログ

109:実際の事件から見る商標の先使用権のハードルの高さとその対処法

自分で作ったブランドだから自由に使えるのだろう-そう考える方も一般には少なくないかもしれません。弊所とお付き合いのある企業の方には、商標には先使用権の規定はあるけれど、期待してはいけないとお伝えをしています。どういうことか、実例を交えてお伝えします(商標の先使用権に関する過去記事はこちら)。

商標の先使用権というのは、商標法に定められたルールなので、まずは条文を見てみましょう。

(先使用による商標の使用をする権利)
第三十二条 他人の商標登録出願前から日本国内において不正競争の目的でなくその商標登録出願に係る指定商品若しくは指定役務又はこれらに類似する商品若しくは役務についてその商標又はこれに類似する商標の使用をしていた結果、その商標登録出願の際(略)現にその商標が自己の業務に係る商品又は役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されているときは、その者は、継続してその商品又は役務についてその商標の使用をする場合は、その商品又は役務についてその商標の使用をする権利を有する。当該業務を承継した者についても、同様とする。

商標法第32条第1項

かっこ書き部分は省略しましたが、まだ読みにくいですね。ポイントを噛み砕くと、「①他人が商標出願をした時点で自分の商標がお客さん界隈で広く認識されていれば、②その自分の商標を使い続ける権利を認めますよ。」という規定になっています。

①他人が商標出願をした時点で自分の商標がお客さん界隈で広く認識されていればの意味

ここで、単に「先に使っていれば」ということにはなっていないことに注意が必要です。「先使用権」と言うくらいですから、先に使っていることが必要なのは言うまでもなく、さらに、需要者(お客さん)に広く認識されていることまでが必要とされています。

では「広く」ってどれくらい?と言うことですが、業種・業態により範囲が変わってきますので、一概には決まっていません。ご自身の営業されている市区町村レベルで足りる場合もあれば、隣接する都道府県レベルで知られている必要があるとされることもあります。ECサイトなどのオンラインサービスであれば、営業地域は全国になるので、全国的に知られている必要があると考えられます。

また、広く認識されている(有名である)ことを立証できるだけの証拠資料を用意しておき、いざという時に裁判所に提出できるようにしておく必要があります(主張と証拠はセットです。)。有名になっていることを立証できるような資料とはどういったものかということについては本記事では立ち入りませんが、相当な質と量の証拠資料を収集・整理・提出することが必要になります。

さらに見落としてはならないのが、「他人が出願した時点で」という点です。他人というのがどこの誰かもわからなければ、その他人がいつ何を出願をするかなどわかりようがありません。しかし裁判所では、紛争が起きてから、その他人の出願した時点での証拠資料の提出が求められます。

結局、先使用権に頼ろうとすると、延々と証拠資料を集め続けるという労力・負担がかかり、しかし結果は不透明という、事業運営的には不安定な状態になり続けるという危険があります。

②その自分の商標を使い続ける権利を認めますよの意味

幸いにして先使用権が認められたとして、晴れて商標権侵害ではないことが認められたとします。しかし注意しなければいけないのが、この先使用権というのは、それまで使い続けてきた範囲でのみ継続して使用が認められるに過ぎず、事業の拡大には制限がかかります。また、他人が似たような商標を使っていることに対して、先使用権に基づいて権利行使をすることもできません。先使用権は、あくまでも、商標権者との関係で、継続して商標を使い続けられるというだけの権利に過ぎません。

このように、先使用権が認められるためのハードルは高く、しかも仮に認められたとしても制約が大きいということが分かりました。では、実際の事例ではどのように判断がされたかをみてみましょう。より詳しい情報はリンク先にありますので、適宜ご参照ください。

<事例1>Cache事件(平成24年(ワ)第6896号)

この事件では、ある美容室が約23年間にわたって継続的に「Cache」という商標を店舗名に使用してきたことに関して、先使用権が認められるかが争点となりました。しかし裁判所は、単に長期間営業してきたという事実のみでは被告に先使用権が認められないとの判断をし、結論として商標権侵害を認めました(この事件についての記事はこちら)。

<事例2>夢事件(平成31年(ワ)第8117号)

この事件では、ある酒造メーカーが約28年間にわたって継続的に「夢」という商標を日本酒の瓶・パッケージ等に使用してきたことに関して、原告の商標出願前の8年半の使用により先使用権が認められるかが争点となりました。しかし裁判所は、主力商品でもなく売上もさほど多くないなどとして、先使用権が認められないとの判断をし、結論として商標権侵害を認めました(この事件についての記事はこちら)。

商標権を取得することにはメリットしかない

これらの事件のように、たとえ数十年にわたって商標を使い続けたとしても、あるとき突然商標権者を名乗る者から権利侵害である旨の連絡を受け、裁判に発展することもあります。ひとたび紛争ともなれば裁判所への対応のみならず、取引先・金融機関等のステークホルダーへの説明が必要になることもあります。こうしたトラブル回避という観点からはもちろん商標登録を受けるべきということになります。

しかし、商標登録を受けて商標権を取得することは、こうしたトラブル回避のメリットのみならず、ご自身のブランドを安心して独占的に使用できることにも繋がり、ひいては価格競争に負けないブランディングを行うことすら可能にします。つまり、商標登録はわずかな投資で将来莫大なリターンが期待できる強力なツールですので、事業を大きくしていきたい、安心して継続していきたいという方であれば、あらゆる業種の方に必須のステップだということになります。

商標は、いち早く出願をした人が優先する制度(なので中小企業にむしろ有利)ですので、規模が大きくなってから(事業が安定してからではなく)、商標を使い始める前(使い始めているのであれば早急)に出願するべきものとなります。弊所ではブランディングを見据えたコンサルティングサービスも提供しておりますので、「何が商標かわからない」など、お悩みがありましたらお気軽にお問い合わせください。

おまけ:事業承継・M&Aに潜む商標リスクと「ブランドデューデリジェンス」™️

上記の夢事件では、ある時点で事業承継がなされており、承継した企業としては、買収等をした事業に関する紛争に巻き込まれたような格好になっています。しかし、この問題は、事業承継を行う時点で商標に関するデューデリジェンスを実施していれば、この問題を回避できた又は損失を減らすことができた可能性があると考えられます。

この点、いわゆる知的財産デューデリジェンス(知財DD)は、一般的には主に特許に関するものとして理解され、中小規模の事業承継・M&Aでは未だ広がりを見せていません。

しかし、上記の夢事件のような事例を増やさぬよう、商標・デザインなどの外見に明らか知的財産についてのDDは、業種・業態・事業規模を問わず、事業承継・M&Aにあたって不可欠であると言えるでしょう。


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