「知的財産は難しい」とよく言われます。このblogは、知的財産に関する疑問・悩みに答えていく「解説」記事です。「知的財産が分かった」を目指して、すっと理「解」していただけるように噛み砕いて「説」明していきます。
さて、今日のお題は「先に使っていれば大丈夫?(発明と商標とで違う先使用権について)」です。
前回は、使うのと出願とで、どっちが早いと優先するのか、と言うことをお伝えしていました。
今回は、その記事で書き残した部分をお伝えしてまいります。
目次
- 発明と商標
- 先使用権を認めてもらうには証拠が必要
- 商標の先使用権に期待は禁物
- 裁判に巻き込まれた時の負担や損失に備えられているか
発明と商標
さて、それでは最初に「発明」です。これは、技術的なアイデアを指します。特許庁で登録を受けると「特許発明」となります。
次に「商標」です。これは、商品やサービスの目印を指します。特許庁で登録を受けると、「登録商標」となります。
発明・商標のどちらも、特許庁に申請(出願)をして登録を受けることで権利(特許権・商標権)が発生する制度になっています。
このため、特に権利を欲しいと思わなければ、特許庁に申請をする必要がない?という話になりがちです。これが本日のテーマとなります。
知的財産について学ばれたことがある方の中には、仮に他人が特許庁で登録を受けて権利を取得しても、自分が先に使用をしていれば、「先使用権(せんしようけん)」というものが発生するから、自分は安心して使い続けられるとお考えの方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、これは半分正しく半分誤りですので、これを機に確認しておきましょう。
先使用権を認めてもらうには証拠が必要
まず、発明について見ていきましょう。特許法に規定があります。
(先使用による通常実施権)
第七十九条 特許出願に係る発明の内容を知らないで自らその発明をし、又は特許出願に係る発明の内容を知らないでその発明をした者から知得して、特許出願の際現に日本国内においてその発明の実施である事業をしている者又はその事業の準備をしている者は、その実施又は準備をしている発明及び事業の目的の範囲内において、その特許出願に係る特許権について通常実施権を有する。
特許法第79条
ちょっと難しいですね。色々と書いてありますが、簡単にいうと、独自にした発明がたまたま他人の発明と同じであったとしても、他人が特許出願をしたときに既に日本で発明についての事業をしているか、あるいはその準備をしていれば、先使用権(先使用による通常実施権)が認められる、というものです。
これを読んで「じゃあ大丈夫だ」安心された方、もう少し待ってくださいね。
せっかくですのでもう少し掘り下げたいと思いますが、この先使用権があることというのは、一体誰が認めてくれるのでしょうか。特許権者から権利を行使されたときに、「僕には先使用権がある」と言っていても、それだけでことが収まるというケースはそう多くないと思われます。
先使用権があるかどうかというのは、裁判所が判断をすることになります。つまり、先使用権があるかどうかが問題になった時点で、裁判になっているということです。事業を行う中で、裁判に巻き込まれること自体がそもそもどうなのか、ということは、想像していただけたらと思います。
そして、次の問題として、独自に発明をしたであるとか、他人が出願をした時点で既に事業やその準備をしていたとかいうことを、ちゃんと裁判所が納得するように説明できるか(証拠が残っているか)ということが挙げられます。
裁判所は、当事者の主張をそのまま受け入れてくれるのではなく、ちゃんとその証拠があるかというところまで要求してきます。つまり、証拠がない中でどれだけ自分に先使用権があると叫んでも、裁判所がそれを認めてくれる可能性は低い、ということになります。
さらに、幸いにして先使用権が認められたとしても、そこから事業を拡大することには制限がかかります。なぜなら、先使用権は、積極的に権利化のためのアクションをとった人とのバランスを考慮して他人の特許権を制限するものですので、いくら自分が先に発明を実施していたとしても、無制限には認められないということになります。
商標の先使用権に期待は禁物
次に商標についてです。商標法を見てみましょう。
(先使用による商標の使用をする権利)
第三十二条 他人の商標登録出願前から日本国内において不正競争の目的でなくその商標登録出願に係る指定商品若しくは指定役務又はこれらに類似する商品若しくは役務についてその商標又はこれに類似する商標の使用をしていた結果、その商標登録出願の際(中略)現にその商標が自己の業務に係る商品又は役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されているときは、その者は、継続してその商品又は役務についてその商標の使用をする場合は、その商品又は役務についてその商標の使用をする権利を有する。当該業務を承継した者についても、同様とする。
商標法第32条
この条文も難しいですね。特許法と同じように、この条文は裁判所が使うもので、この条文を使う時点で裁判に巻き込まれています。そして、それを裁判所に認めてもらうためには証拠が必要で、かつ幸いにして先使用権が認められたとしても、その後の使用には制限がかかります。
それだけであれば記事にするほどでもないのですが、この条文には「需要者の間に広く認識されているときは」との条件が書かれています。この一言が曲者で、要するに、世の中で有名になっているものだけに先使用権を認めますよ、というルールなっているということです。
繰り返しになりますが、自分の商標が有名であることを裁判所に認めてもらうには、何よりも証拠が必要となります。そしてそのためには膨大な量の証拠をかき集めてくる必要があります。
しかし、そもそも商標権を取得しようとも思っていない方が、自分の商標が有名であることを示す証拠をきれいに取ってあるというケースは稀でしょう。そうすると、反論も虚しく先使用権が認めてもらえず、裁判では敗訴という最悪の結果も見えてきてしまいます。
このように、商標については特に、先使用権に事実上期待できない事情というのがあります。
裁判に巻き込まれた時の負担や損失に備えられているか
裁判で敗訴すると、商標の使用の使用が継続できなくなる結果、店舗名や商品名を変更(看板やパッケージ、チラシなどを変更)することが必要になります。さらに商標権者に損害賠償として金銭を支払うことにもなります。
結局、商標権を取得する費用・手間と、裁判に対応する費用・手間を比較すると、商標権を取るというのは、非常にコストパフォーマンスがいい、ということになります。
いつトラブルに巻き込まれるかは誰にも予想することができませんので、安心して事業を進めていくためには、商標権を獲得するのが一番の近道と言うことになります。
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